刀剣乱舞簡易史実まとめを久しぶりにやっていこうと思います。前回は長谷部で終了していましたので引き続き、室町、南北朝時代らへんの刀剣男士達を紹介していきます。
▼江雪左文字(こうせつ さもんじ)…実装されている左文字兄弟で長男として設定されており、ゲーム内では「レア太刀」と呼ばれるドロップ、鍛刀共に確率の低い刀剣男士の1人です。江雪以外のレア太刀は今までで紹介した鶯丸、鶴丸、一期です。三日月よりレア度が一つ下なのでファンの間では「レア太刀4」とも呼ばれています。
そんな江雪さんは南北朝時代の刀工・「左文字派・刀鍛冶 左衛文三郎安吉の作。左文字の刀は銘の左に一字を切ることから左文字と呼ばれています。現存する有銘の太刀はこの江雪左文字のみとされています。
ゲーム内の台詞にもあるように「板部岡江雪斎(いたべおか こうせつさい)」の佩刀(はいとう)だったことからその名が付けられたとされています。その後は豊臣秀吉に献上され、その後徳川家康を経て紀州徳川家に伝わりました。
ちなみに「銘筑州住左(江雪左文字)」(めい ちくしゅうじゅうさ こうせつさもんじ)となっています。
昭和7年に旧国宝に指定され、昭和9年2月に行われた紀州徳川家の入札にて落札。それをわかもと製薬の「長尾よね」氏が購入、長尾美術館所蔵となりました。
昭和26年に新国宝に指定された後、日本刀装具美術館に所蔵されていたが現在はふくやま美術館の所蔵となっています。
展示は1月17日まで広島県「ふくやま美術館」にて展示されていました。
ちなみにゲーム内での「和睦」とは彼の持ち主であった江雪斎が徳川家康と北条氏直が対立した時にその和睦交渉に奔走したり、また、北条氏と豊臣秀吉との間で対立が深まるとその関係修復にも尽力する等、常に和睦に努めていたかという部分が影響されているのではないかと思われています。
(……ゲーム内のステータスは太刀の中ではトップの燭台切に次いで2位なのでそこそこに攻撃力があるのですが…おっと、誰か来たようだ)
▽宗三左文字(そうざ さもんじ)…江雪さんと同じく左衛文三郎安吉の作です。というか、実装されている左文字兄弟の江雪、宗三、小夜は全て彼の作品です。三人とも現存が確認されています。
さて、宗三さんは実装されている左文字兄弟の次男として設定されています。ゲーム内でもあるように戦国時代、天下を治めた大名達が彼を所有していたことから天下人の象徴もされていました。
ゲームでは宗三としてなっていますが享保名物帳には義元左文字と呼ばれており、宗三というのは持ち主の1人であった「三好政長(三好宗三)」から来ていると思われます。その為、三好左文字とも呼ばれることもあります。義元左文字というのは今川義元の愛刀であったことが由来とされています。元々は上記の「三好宗三」から武田信玄の父・武田信虎に贈られたものです。その後、武田信虎が今川氏と和睦を示すものとして娘を嫁がせた際に一緒に持たせ、今川義元の元へと渡りました。
そして、戦国時代・桶狭間の戦いで織田信長が戦利品としてこの「義元左文字」を戦利品として取得。義元が彼を愛刀としたように信長も彼を愛刀にしました。その証拠に刀に桶狭間の戦いの日付と自分の名前を刻印しました。信長は彼を自身の最後の時である本能寺の変まで手元に置いていたという。
その後は豊臣秀吉、秀頼、徳川家康、まさに天下人の手を転々としていきました。最終的には徳川将軍家の所有となりました。しかし、江戸時代の明暦の大火に遭うものの、無事に再刃されました。明治維新後は明治天皇が信長に「建勲(たけいさお)の神号」を贈って、建勲神社が創建される。その際にも徳川家から奉納され彼は再び、信長の手に戻ってきたのだ。
現在は重要文化財として同神社所有となっています。
そして、文化遺産のデータベースには信長の刻印が入れられた状態で登録されているそうです。
刀「義元左文字 無銘中心二「永禄三年五月十九日義元討捕刻彼所持刀織田尾張守信長」ト金象眼アリ
読みは「よしもとさもんじ むめいちゅうしんに えいろく さんねん ごがつ じゅうくにち よしもと うちとらえるときひの しょじのかたな おだ おわりのかみ のぶなが」ときんぞうがんめいあり」です。
長いですね……合戦で討ち取った相手の所有している刀を戦利品として持ち帰ることは少なくなかったのですが、信長にとってこの桶狭間の戦いにて今川義元を討ち取ったのは相当、喜ばしいことだったのがこの刻印だったのではと……それにしても信長はすごいエピソードをお持ちですね…
▽小夜左文字(さよ さもんじ)…左文字兄弟の末っ子と設定されている短刀の小夜左文字。口を開けば復讐…と言ってしまっている小夜。これは彼の持ち主や彼自身の来歴に由来するものが多いです。
名前の由来は西行法師の「年たけて また越ゆべしと思ひきや 命なりけり 小夜の中山」という歌から名づけられたとされています。
復讐にまつわるエピソードは事欠かないのだが何よりログインボイスの「盲亀の浮木 優曇華の花 待ちたること久し…」が有名です。
全て書いてしまうと流石に長くなってしまうので要約します。
簡単に要約すると「浪人夫婦のうちの夫が病死してしまい、幼子と妻は夫が残していた筑州左文字の短刀を売りに出かける。その途中、小夜中山峠の頂上付近で何者かに斬り殺され、短刀を奪われてしまう」
「幼子は母親のあだ討ちをするべく、奪われた短刀を手がかりに研師へと弟子入りをする」
「そして月日が流れ、一人の浪人が研ぎを頼むと短刀を持ってくる。その短刀こそが幼子の母親を殺した時に使われた【筑州左文字】だったのです」
「幼子はその短刀を使い、浪人に復讐を遂げます。その後は掛河城主三内一豊は「稀有なことである」と弟子を召しだし、家臣となりました」
ログインボイスの台詞は幼子が浪人に復讐を果たす時のものとされています。故に小夜のログインボイスとしても使われているのでしょう。というか、こういったのを作品に入れ込む、公式…すごいです…
その後、噂を聞きつけた細川藤考幽斎の懇望により、細川家に入り、小夜左文字という名を与えられました。
いやはや、こんな復讐エピソードを知ってしまうとなんとも感慨深いものがあります。
更に小夜は細川家に入った後、大規模な飢饉の領民を救うための資金繰りで売られてしまいます。黒田家などの武家、京都の豪商、最終的には刀匠のもとで個人蔵、重要文化財としての指定を受け、ようやく一つの場所に落ち着きました。
長くなって申し訳ないのですが江雪さんより下の二人のエピソードが濃すぎて…
今回は左文字兄弟の紹介で終わってしまいましたが室町から南北朝あたりの刀はまだ、いますのでまた更新したいと思います。
次回は燭台切さんとも縁の深い方を紹介できたらと思っています。
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